「侍タイポグラフィ」に秘められたデザイナー・井上祥邦の想いとは? 過去に配布したパンフレットで掲載されているインタビュー記事をWebサイトにも掲載します。〈インタビュアー:株式会社解体新書・杉山直隆氏〉

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―――◆〈第2回〉◆―――

「失敗」と「成功」を伝え困難を乗り越える力を授けたい

── そんな過去があったのですね。

 他にも、侍の生き様からは、人を大切にする、約束を守るなどの道徳観や勝負の勘所など、たくさんのことを学びました。仕事で迷ったときも、「この状況、家康ならどう判断するだろうか?」と戦国武将の視点で物事を見ることで、冷静な判断を下せるようにもなりました。侍の教えがなければ、今の自分はありません。

 そんな魅力的な侍の生き様を伝えたい。彼らの「失敗」と「成功」のストーリーが、新たな挑戦の背中を押し、困難を乗り越えるチカラとなるよう、侍の思いと今を生きる人たちを繋いでいきたい。そういうものを作りたいと考えたのです。

 2017年に長女が誕生したことも大きなきっかけになりました。子供が成長した時に「父親はデザイナーとしてこういうものを作っていたんだ」と思い出してもらえ、誇らしくなるようなものを作りたい。試行錯誤を重ねて出した答えが侍タイポグラフィでした。

  

武将の兜を直接見ることで 命が吹き込まれる

──なぜタイポグラフィだったのでしょうか?

 タイポグラフィなら、侍の「失敗」と「成功」のストーリーを鮮明に伝えられるからです。  グラフィックのイメージに加え、キーワードを使って侍のアイデンティティを表現できます。武将の生涯にまつわるキーワードを読むことで「ああ、この武将はこうだよね」「このメッセージわかるなぁ」という楽しみ方ができるわけです。

──現時点では戦国武将の甲冑に関する作品が中心ですね。

 戦国武将にとっての甲冑は単なる防具だけでなく個性や威厳を表すファッションの役割も果たしていました。前立てと呼ばれる飾りなどにはそれぞれメッセージ性があり、武将の個性がにじみ出ています。侍のストーリーを伝えるにはうってつけのアイテムです。

──Tシャツはポップな表現を展開されています。

 Tシャツは色づかいやフラットなデザインで軽さを演出するなど工夫しています。そうすることで、侍に関心のない方にも興味を持ってもらえるのではないか、と考えました。あとはSNSでグラフィックのアンケートを集計してデザインを検討しています。デザインした本人が良いと思っても、ファンはちがうデザインを支持することも多いです。最適解を見つける難しさと新しい発見をするおもしろさを感じながら制作をしています。

──どのような工程で制作をしているのでしょうか。

 どの武将をモチーフにするかを決めたら、資料集めをします。一人の武将を調べれば調べるほど知られざる逸話が出てきて面白いんですよ。

 本やネットだけではイメージが膨らまないので、可能な範囲でその武将の甲冑を直接見に行くようにしています。武将に縁のある土地と甲冑から感じたことを文字で表現することでグラフィックに命が吹き込まれ、躍動感が生み出させると考えているからです。

 大枠のデザインを決めたら、武将の生涯の原稿をまとめて英訳し、キーワードを陰影に沿って並べていきます。キーワードとデザインとのバランスをどう取るかが難しく、1つの作品を制作するのに1カ月はかかるのですが、楽しい作業でもありますね。


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